声楽家 大沼徹さんにインタビュー
東京二期会オペラ劇場公演 『タンホイザー』 <新制作> オペラ全3幕(日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演)声楽家 大沼徹さんにインタビュー
東京二期会オペラ劇場公演 『タンホイザー』 <新制作> オペラ全3幕(日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演)ワーグナーの代表作のひとつである『タンホイザー』は、熱狂的なファンも多いオペラの大作です。数々の名曲とともに、今回は二期会の創立70周年記念公演シリーズ第1弾として上演されます。 東京二期会オペラ劇場公演 『タンホイザー』 <新制作> オペラ全3幕(日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演) 公演情報はこちら
大沼 徹(おおぬまとおる)
声楽家(バリトン)。福島県出身。東海大学卒、同大学院修了。大学院在学中にベルリン・フンボルト大学へ留学。二期会オペラ研修所修了(最優秀賞)。五島記念文化賞オペラ部門新人賞により、ドイツ・マイセンに留学。二期会ニューウェーブ・オペラ劇場『ウリッセの帰還』題名役で二期会デビュー。東京二期会、新国立劇場、日生劇場などで数多くの役を演じ、オペラに欠かせないバリトンとして活躍を続けている。二期会会員。
稽古中の一コマ
まず何といっても、序曲が有名ですね。ワーグナーのオペラは後期の作品になるにしたがって宗教的な色彩を帯びていきますが、この「タンホイザー」のころはまだストーリーも分かりやすく、一言でいうと男女の三角関係(笑)。そして、自らの命を捧げることによって他者を救う「救済」というテーマもあります。ヒロインのエリーザベトが、愛するタンホイザーのために命を落とすという自己犠牲、あるいは「滅びの美学」といったところが、日本も含めて広く受け入れられてきた大きな理由ではないかと思います。
また、「タンホイザー」は大作で登場人物も多い。昔の映画に例えると、小津安二郎作品ではなく、チャールトン・ヘストン主演の「ベン・ハー」。一大歴史絵巻を見ているような圧倒的な感動を与えてくれます。
男性の登場人物はほとんどが騎士で、かつ歌い手でもあります。騎士道というヨーロッパ中世の大きな徳目があり、そのひとつとして女性を崇拝し、禁欲的で、盾となって女性を守る。しかし、第1幕のはじめでは、主人公のタンホイザーは愛の女神との快楽の生活にふけっています。愛はそういう側面も伴うのではないかと、ワーグナーは考えたのかもしれません。
芸術家は常に新しいものを追い求め続ける革新性があるので、ワーグナーも「タンホイザー」に自分を投影しつつ、女性に対する愛はもっと開かれるべきだという思いを込めて作品を作ったのではないでしょうか。
いまはコロナ禍のためにいろいろな制約がありますが、一般的にいうと、やはり劇場で生の感動を体験できることが一番の醍醐味だと思います。オペラも演劇もコンサートもそうですが、その空間に足を運んで、生の声を聞いて、体で感じる。ザワザワッときて心が動かされる体験は、貴重なものです。
オペラ歌手は体が楽器ですから、出演者はみんな体をフルに使って客席に声を届けようとします。出演者もオーケストラも、マイクを使わずに生の音です。
また、演出家や裏方さんを始め、総勢で百名以上の大人たちが集まってひとつの作品を上演します。「1プラス1が5になり、10にもなる」という言い方がありますが、それとは反対に、数百人が力を合わせてひとつになって、同じタイミングでワッと同じ音を出す。その集合力というか爆発力はテレビやスマートフォンの画面では伝わりにくいから、やはり劇場に来て確かめていただきたいと思います。その瞬間、劇場の空気が本当に動くのをまざまざと感じますよ。
稽古中の一コマ
通常であれば、劇場で感動を味わって、帰りには食事をしたり飲みに行ったりして、今日はいい一日だったなと満足して眠りに就く。そういったことも含めた「劇場文化」のようなものを、トータルで楽しんでいただけるといいのではないでしょうか。
私が生まれ育った福島県いわき市は吹奏楽が盛んな街で、私も高校時代はオーボエを吹いていました。将来は地元で高校の音楽教師になって指導をして、全日本吹奏楽コンクールを目指すつもりだったのです。
大学では歌が必修だったので、最初はイヤイヤやっていたのですが、先生にほめられ、おだてられて、気持ちが天に昇ってしまいました(笑)。本格的なレッスンを始めたのはそれからで、ずいぶん遅いと言われたこともあります。しかし、むしろ体ができあがってからのほうがいい面もあるのです。特に、私はバリトンですが、低い声を出す歌手は年齢を経るほどに無理なく声が出るようになる。不思議ですよね。
自分でも満足できるような演奏はなかなか難しいのですが、やはり舞台でお客様からたくさん拍手をいただいたり、カーテンコールで「ブラボー」と声を掛けていただくと、本当にやっていてよかったと思います。
もともと、照明を浴びたり目立ったりするのは嫌いじゃなかったので(笑)、声楽家には向いていたのかもしれませんね。かつて思い描いていた将来とは全然違いますが、振り返ってみると、自分としては正しい選択だったと感じます。
小学4年生のころ、小さい劇団が学校にやってきて、体育館のステージで「トム・ソーヤー」を上演しました。私は体育座りをしてそれを観ながら、感動で震えたのを覚えています。ほんの数メートル先で、大人と子どもとはいえ自分と同じような人間なのに、あんなすごいことができるなんて。
その思いがけっこう生々しく記憶に残っているので、いま自分がコンサートで歌ったりオペラで演じているときに、目の前のお客様の中にはその劇場に初めて足を運んだ人もいるだろうから、そういう人に、いい意味で「感動の爪あと」を残したいと考えることがあります。
劇場の「劇」は劇薬の「劇」でもあり、非日常を体験できる場所です。ローマのコロッセオ(円形闘技場)の時代から、生の感動を求める人間の気持ちは変わっていないと思います。ぜひ劇場に足を運んでいただき、生の感動の場に身を浴して、深いところから呼吸をしていただきたいと思います。お待ちしています。