2017都民芸術フェスティバル 公式サイト
創作日本舞踊『にっぽん――まつりの四季』
織田 紘二(おりた こうじ)
織田 紘二さん
1945年北海道生まれ。1967年 国学院大学日本文学科卒。卒業と同時に特殊法人国立劇場芸能部に入り、以来歌舞伎および新派の制作・演出にたずさわる。1991年ジャパン・フェスティバル英国公演「葉武列土倭錦絵」の脚本・演出を担当。
著書に『松緑芸話』(講談社)『芸と人 ―戦後歌舞伎の名優たち―』(演劇出版社)や『三島由紀夫芝居日記』(中央公論社)の校訂、『歌舞伎入門』(淡交社)の監修等がある。国立劇場顧問。
「第60回記念日本舞踊協会公演」で創作『にっぽん――まつりの四季』の作・構成を務める。
尾上 菊之丞(おのえ きくのじょう)
尾上 菊之丞さん
尾上流四代家元。
1976年生まれ。東京都出身。1990年に尾上青楓を名乗る。2011年、祖父、父と受け継がれてきた尾上流家元を継承し尾上菊之丞を三代目として襲名。新橋「東をどり」先斗町「鴨川をどり」の振付。林英哲氏との共演を筆頭に、茂山逸平氏と「逸青会」を立上げるなど一流の芸能者との作品創りにも力を注いでいる。主な受賞に新春会長賞、花柳壽應賞新人賞。
「第60回記念日本舞踊協会公演」で創作『にっぽん――まつりの四季』の演出を務める。
織田さんは国立劇場に開場時からお勤めになり、歌舞伎をはじめとする日本の伝統芸能の舞台公演に長く携わっていらっしゃいます。日本舞踊とは、そもそもどのような芸能なのでしょうか。
織田 日本舞踊は幕末の文化・文政以降、おもに江戸で栄えた歌舞伎における舞踊を起源としています。当時の歌舞伎のファンというのは、商家の奥さんや娘さんが中心でした。彼女たちが歌舞伎を観に行き、好きな歌舞伎役者の踊りを目にします。そして「歌舞伎はできなくても踊りなら自分もできる」ということで、習いごととして舞踊に親しむようになりました。そうして舞踊を習ったり、長唄や新内、清元といった地方(じかた)※1を伴って踊れたりする時代が幕末に訪れました。それが江戸から全国へ劇的に広がり津々浦々まで流行したのは、日本が近代国家へ変貌を遂げた明治時代のことです。
今回の第60回記念日本舞踊協会公演で、新しく創作される『にっぽん――まつりの四季』はどのような作品なのでしょう。
織田 年中行事や四季にちなんだ芸能や伝承文化が、現代の日本では希薄になってきています。今回はそれを再認識しようというところから発想してみました。作品の軸となっているのは、日本は農耕の国、稲作の国であるということです。そして春・夏・秋・冬の四季の流れの中には必ず節句というものがからんできます。季節ごとに種をまいたり水を引いたりして作物の成長を見守り収穫し感謝と祈りを捧げるという1年の営みの節々に、まつりの行事が組み込まれているさまを表したいと思いました。ただ、こういった流れをそのまま表現するならば、各地に伝承されている民俗芸能をそのまま舞台に上げればいいということになってしまいます。そこで、演出の菊之丞さんや振付の皆さん※2には「日本人が培ってきた四季の中のまつりや農耕といった文化を、よく熟知した上で忘れて欲しい」とお願いしました。各地のまつりの風物をリアルに舞台に出すのではなく、日本舞踊として新たに作曲や振付がされ、演出の手にかかることで、日本の四季をもう一度見直したり思い直したりするような機会になってくれればと思っています。
現在では日本舞踊の舞台を公演として楽しむ人が減ってきているように感じます。普段日本舞踊に接することのない人が、公演を楽しむコツのようなものはあるのでしょうか。
織田 「敷居が高いからつまらない」、「わからないからつまらない」と言って、そこで身を引かないことです。わからないのが当たり前ですから。けれどわからないものって楽しいでしょう。わからないから調べたりインターネットを検索したりする行為そのものも、それによって新しい知識を得ることも、楽しいじゃないですか。ですから、踊る側がよりわかりやすいように敷居を低くしようかと考えるのは、僕は間違っていると思います。お客様に本物を見ていただくことが大事なのです。そしてお客様も、わからないから調べて、何度も見て、プロの舞踊家が登場してプロが演奏することを味わえるプロの観客になって欲しいのです。わからないからわかりたいと思う、その思いを忘れないことですね。僕自身もそうですよ。生まれも育ちも北海道で、大学で初めて東京に出てきました。一人で銀座をぶらぶら歩いている時にやけに大きな風呂屋があるなと驚いて、それが歌舞伎座でした。お金がないので確か150円ほどの一幕見で入ってみたら、もうびっくりですよ。「これは一体何なんだろう」と、とてつもない衝撃を受けました。「何なのかわかりたい」という思いを抱いたまま、今日まで50年以上見続けています。それでもまだわからないこともある、だから面白く楽しいのです。
今回の日本舞踊協会公演では、この『にっぽんーーまつりの四季』はもちろんのこと、各部で上演される様々な作品を通して日本舞踊の多様性を目の当たりにしていただけます。それは日本文化の多様性でもあるので、それを客席で感じていただきたいですね。
菊之丞さんは、今回の『にっぽんーーまつりの四季』で演出を担当されます。演出の構想や作品の見どころを教えていただけますでしょうか。
菊之丞 この作品では、まつりや農耕という日本人にとって普遍的なテーマを通して「日本舞踊ってこういうものなんだ、こんなこともできるんだ」と思っていただきたいという目的があります。作品を通して日本舞踊がどういうものかを紹介したいので、日本舞踊のさまざまな要素をたくさん盛り込みました。曲はほとんどオリジナルで、三味線奏者であり作曲家の本條秀太郎さんに、まつりに合った音楽をモチーフにして作っていただきました。演出の面では日本舞踊を初めて観る方を意識して、ある程度スピーディな展開を心がけています。また、通常は流派の違う人と1つの作品をともに作る機会はあまりないのですが、もともと日本舞踊協会には100を超える流派が集まっていますから、さまざまな力が結集して各流派の良さが交わる公演ができるのは日本舞踊協会公演という機会ならではだと思います。僕の仕事は皆さんのアイデアをうまく繋ぎ合わせて縦糸を紡ぐことなので、いろいろな流派の人が1つの作品作りに取り組むことの化学反応をうまく起こせたらうれしいですね。
菊之丞さんは歌舞伎俳優、能楽師など幅広いジャンルの芸能者や伝統芸能以外の分野のアーティストとのコラボレーションに挑戦し、さまざまな作品を手がけていらっしゃいます。その意図や効果をお聞かせください。
菊之丞 古典芸能には歌舞伎や能、狂言、文楽といういわゆるメジャーなジャンルがあります。「日本舞踊」という言葉は誰もが耳にしたことはあると思いますが、その中身は意外に知られていないですよね。「おばあちゃんがやっていた」とか「友達がやっている」ということはあっても、実態がわからないし一言では言い表せない。僕も小さい頃から「日本舞踊って何なんだろう」という疑問を持ちながらやってきました。また、古典芸能でもメジャーなジャンルは興行としてある程度成立していますが、残念ながら今の日本舞踊は違います。そのため、なぜ日本舞踊だけは興行が成り立っていないのか、それをどうにかしたいという欲求が常にありました。ですから、さまざまなジャンルの方と新たな試みに挑戦することで、何かが生まれたり変わったりするのではないかと考えている部分はあると思います。実際、狂言や歌舞伎しか観たことのなかった方が踊りの舞台公演に足を運んでくれるようになるといったこともありました。またその逆もあって、「これを観たからあっちも観てみようかな」とか「それも面白そうだな」とか、あちこちに興味を持てるのも古典芸能や伝統芸能のおもしろさだと思います。日本舞踊と別ジャンルとのコラボレーションが、そういう好奇心に刺激を与え1つのきっかけになれたらいいなと思います。日本舞踊の業界全体としての効果はわかりにくいですが、個人的には手ごたえを感じています。
菊之丞さんが感じられている日本舞踊の魅力とはどのようなことですか。
菊之丞 日本舞踊は「これです」と言いにくいものですよね。歌舞伎の演目の中にも入っているし、能や狂言の題材からも取り込まれているし、文楽の影響を受けて人形振りをやったりもするし、はたまた今の流行もためらうことなく取り入れますし。けれどいずれの場合も、もとの芸能をそのままやるのではなく、日本舞踊の様式に変換して踊ります。つまり、あらゆるものを変換できるのが、日本舞踊の良さであり魅力なのだと思います。
日本舞踊をあまり観慣れないお客様も、舞台を観たその瞬間に自分の視界に入ってくるもの、感じるものに頼り、踊る人の姿にすがって観ていただければと思います。
※1 地方(じかた)とは、日本舞踊で伴奏の音楽を受け持つ人のこと。
※2 振付を担当されるのは、西川大樹さん、花柳せいらさん、花柳達真さん、坂東三信之輔さん、藤間仁章さん。
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